なんでもないことやイベントのお知らせ。
手を合わせると
2014-08-26 (火) | 編集 |
お盆には毎年相方の実家へ赴き、お仏壇に手を合わせます。
私自身もお世話になった、
相方の叔父さんのお位牌もそこにあります。

そもそも小さなころから
法事以外でお仏壇に手を合わせる習慣はなかったのですが
先方への敬意を表すために始めました。

そのためか、父が亡くなってから
自然とうちの実家でもお仏壇に向かうことが増えました。

とは言え父とは全く仲が良いとは言えず
ほとんど話すこともなかったので
亡くなった当時はさすがに悲しみが募りましたが
4年経った今では当たり前に受け止め、
特に寂しいこともなく過ごしています。


そんな中で今年。

父の好物だったお菓子を供えてお線香に火を灯し
お位牌に手を合わせると
何の感情の動きもないのに勝手に涙がこぼれました。


何故だろう。

涙が出ても、こみあげる気持ちや思い出など全くなく
やはり気持ちは普通の状態でした。

ただ、涙だけが出てきます。


へんなの。

あれから2週間近く経ちますが、やっぱり謎のままです。





スポンサーサイト
この日に考える
2013-03-11 (月) | 編集 |
あの日からもう2年。
今も避難生活を続けていらっしゃる方々や
仮設住宅にお住まいの方々、
ご家族・ご友人を亡くされた方々には
とても長い2年だったかもしれません。

本当に大きな、大きな災害でした。
2年前にたまたま被災を免れた私たちが、
今、できることは何でしょうか。

これまでと同じく
ボランティア活動やお金・物資の寄付など
被災地に直接かかわることも大切でしょう。
(*ニーズや受け入れについては
 事前に各県に確認してください。)

被災により一度は中止したものの
なんとか再開にこぎつけたメーカーさんの商品を買う、
というのもひとつの支援です。

しかし、様々なご事情やお考えから
どれもできない、あるいはしたくない、
という方もいらっしゃるかもしれません。
私自身も含め、目の前の生活で
いっぱいいっぱいになるときもあるでしょう。

また、折に触れて行う協力も
もちろん大きな力になると思いますが、
一方で、何か継続してできることもあるのでは…。

被災地の現状、被災者の方々の思い、政府のやり方など、
メディアを通して見聞きする程度の情報しか知らず、
災害やその対応に詳しいわけでもない私ですが
小さい脳みそをフル回転して考え、考え抜いて出した
今ひとりひとりができること、の自分なりの結論は

「ほんの少しでもより良い日本にしたいという《思いを持つ》」

ということでした。

日本というのは国という意味でもあり、
被災地も含めて日本に暮らす人々という意味でもあります。
「日本」と限定しなくとも「世界」「世の中」など
表現/対象はいろいろあります。

何をもって良しとするかはそれぞれ違う、と腑に落ちないなら
「みんなが笑顔で毎日を過ごせる世の中に」
という思いでも同じことだと思います。

さらにアニマル・コミュニケーターとしては、
人間と関わりの深いコンパニオン・アニマルたちにとっても
心地よい世の中にしたいという思いや、
厳しい境遇に置かれているコや人為的に失われる命が
今より少しでも減ってほしいという願いがあります。

ワンちゃんや猫ちゃん、うさぎさん、フェレさん…
彼らのつぶらな瞳が大好きなアナタも
同じ思い、そして願いをお持ちかもしれませんね。


世の中がより良くなれば良いな~って思っているだけで、
小さな愛のエネルギーが伝播するような気がします。

あるいは、これまで被災した方々や動物さんたちへの思いはあれど
寄付やボランティアの考えは賛同できない、という方も、
より良い世の中、素敵な世界にしたいという観点で見ると
もっと違うの方法での支援を思いつくかもしれません。

世の中を良くするためには、まず自分が楽しくならないと!
と心から思ったとすれば、
ご自身の楽しいことを見つけることが
長い目でみれば世の中への貢献と言えます。


私たちひとりひとりの《思い》が
日本を、世界を、世の中を良くするのではないか。

そんな考えもあるのだとちょこっとお伝えしたくて
メルマガやブログに書かせていただきました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました



テーマ:こころのままに
ジャンル:その他
お疲れですか?
2012-04-24 (火) | 編集 |
ココロもカラダも
なんだか なとき…


いつもどおりにコトが運ばない。
頑張ってみても空回り。


そんなときは…


思い切って休んじゃえ。

oyasumi.jpg



テーマ:猫のいる生活
ジャンル:ペット
改めて感じたこと
2012-03-11 (日) | 編集 |
もう一年が経つのですね。

午後2時46分には、日本の各地が
沈黙に包まれたことと思います。

被災地から近くない大阪にいても
祈らずにはいられない瞬間でした。

何を、というのではなく
ただ大いなるものの力がみんなを幸せに導いてくれるよう…
被災された多くの方々の心に平安が訪れるよう…
そんなふうに、ある意味漠然とした想いでした。


少し前に何かで見た言葉がとっても腑に落ちました。

「人は、豊かになるほど不満が増える。」

食べるものがあって、住むところがあって、着る服がある。
しかも充分に。

これってとっても幸せなことなんだと
去年の震災以前から、実感するようになっていました。


震災でそういった基本的な衣食住さえ失った方々がたくさんいらして
しかもご家族を亡くされた方もとってもたくさんいらして
本当にお気の毒なことと胸が痛みます。

一方で今回被災を免れた私たちは、
物質的な「豊かさ」でなく
心の「豊かさ」に目を向けるときだと
教わったのではないかと思います。


テレビで流れた被災者からのメッセージ。

「『絆』、『頑張れ』…もう聞きたくない。
 私たちは充分に頑張っている。」


ハッとしました。
そうか…と。

私も「頑張れ」と人に言うのは気が進みません。
そういう人は少なくないでしょう。

でも『絆』という言葉さえ、ご負担になるのですね。

「『絆』をキーワードにみんな頑張っているんだから
 アンタたちも頑張りなさいよ。」

と聞こえるのかもしれません。


見守りながらも静かな支援をしていく…

大事な家族、友人に対して想うこの気持ちややり方は
被災者支援にも通ずるものなのですね。

1年経った今、
自分にできることを改めて考えています。

人生とは、と聞かれたら
2012-03-09 (金) | 編集 |
衣類用洗剤のテレビCMで
生きることは~汚れること~♪
という歌を耳にしたとき

ホンマや!

と思いました。

毎日毎日洗濯しても、
洗濯カゴが20時間以上カラになることなんてない。
そうか~、そういうことやったんや~、
と妙に納得したのでした。


話は変わりますが、
うちの相棒は自分のハートに従える人です。
外部要因に振り回されて自分のハートを見失うことがない、というか。
自分の足で、自分のハートを中心に据えて立ち、
今を生きている人、とも言えます。

相棒は極端に言えば
「息をしてるだけで楽しい」と思っています。
明石家さんまが言う
「生きてるだけでまるもうけ」と同じ意味だと思います。

何のために生まれてきたんだろう。
生きている価値はあるのだろうか。

相棒にしてみれば
そんなことに悩む意味がないのです。
人生にすら意味なんてない、と言います。
でも決して厭世家ではなく、
むしろ人生を楽しむことが上手です。

私も最近、そんな相棒の見解に納得しつつあります。

広大な宇宙から見れば、私の思うこと、行うことなんて
ちっぽけすぎること。

いつぞや流行った
「小さいことにくよくよするな! しょせん、すべては小さなこと」
と多分一緒です。
読んでませんがタイトルがそう言ってます。




で、また話は変わりますが
少し前にある映画を観ました。

その映画は、悩み多き人生を生きている男性を主人公にした話でした。
微妙な関係の父親の死を目前にして
互いに心を開きつつあったときに父親が息子に改めて言った言葉。

それは

"Son, Life is a sh●t."
(一応自重してみました。●には"i"が入ります)


相棒はその字幕をみて
「そうや、自分が言いたいのはコレなんや!」と
いたく気に入ったようで

それ以来、それが相棒の座右の銘かのごとく
時折そのフレーズを口にします。


相棒に「人生とは?」と聞けば
声高に、意気揚々と答えてくれるでしょう。

「人生はク●だ!」
(やっぱり自重。●にはサ行の5つ目が入ります。)


ちなみに…

字幕ではそのようになっていましたが
"▲▲ is a sh●t."
(くどいようですが●には"i"が入ります)
は、
「▲▲はつまらない/取るに足りないものだ。」
という意味であり、
nothingとかより少し強く言いたいときの表現かな?と思います。

日本語の「ク●」とは
ちょっとニュアンスが異なる感じがしますが、
字幕は字数制限があるし
インパクトがあるように訳されているのでしょう。


なかなか興味深い映画でした。


「ウェザーマン」
日本では劇場未公開だそうです。

最近ニコラスが結構好き。
テーマ:生きる
ジャンル:ライフ